ちょっと、俺

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日本の食べ物って米を中心にチューニングされてるよね

日本で売っている食べ物って、コメを中心として考えられていてコメに合うかどうかでファインチューンがされていると思うんだよね。食品メーカーの開発の人がそこまで意図しているのかは知らないけれど「日本人好みの味」って、結局「コメに合う味」だと思うんだよ。スーパーとかで買える日本人向けに開発された食材の多くは最終的には米との組み合わせだったり、コメに合う食事との組み合わせを前提にして味が形成されていると思っている。

例えばソーセージ、日本で食べるソーセージって「ご飯のおかず」になるけれど、ヨーロッパから買ってきたソーセージっていまいちご飯に合わない。Johnsonsvilleが最近勢力を伸ばしてきているけれど、あれってやっぱりご飯のおかずにならないで、やっすいパンに挟んでホットドッグにしてコーラで流し込むのが一番うまい食い方だと思う、なんならビールとも合わないと思う。

海外で日本にあるような材料を寄せ集めて日本食っぽく調理してみても、いまいち日本食っぽくならないのも、一つ一つの食材の組み合わせの終着地点がご飯であるかパンであるかの違いで、それが積み重なって「なんか違う」みたいな味になるんじゃないかなと思っている。なんなら野菜とか家畜の品種改良だって「コメに合う味」をゴールとして進めているんじゃないかと思うくらい。

日本のファミレスのステーキはコメと食べるけれど、アメリカのファミレスのステーキはフライドポテトと食うし、ドイツでソーセージを食べる時はパンと合わせるし、それぞれの国の主食にきちんと合うように一つ一つの味が積み上げられていると思うんだよね。

海外のビールとかを買ってきて時々飲んでいるんだけれど「なんか違う」って思うことが結構多い。それも「コメ中心主義の食事」を突き詰めていく結果で、そもそも日本で売ってるビールって日本の食事に合わせることを前提にしていて、コメを中心に構成された食文化の中だからこそ生きる味になっているのではないかと、そんなことを感じる。

一番搾りのテレビCMで鰻屋で飲んでいる。一番搾りでもスーパードライでも黒ラベルでも鰻屋で飲むビールはうまいと思うけれど、じゃぁ鰻屋で海外ビールであるBudweiserとかドイツビールとかを飲むかと言われると「それはちょっと・・・」となると思うんだよね。イメージが先行しているのもあるかもしれないけれど、比較的軽口なBudweiserとかでさえ「なんか違う」ってなると思う。それって鰻というコメとの組み合わせを大前提に考えられて調理されたものには、コメを中心に築かれている日本の食文化の中にしっかり組み込まれている日本のビールだから合わせられると思うんだよね。

ヨーロッパで飲むビールもアメリカで飲むビールも全てうまいんだけれど、海外で買ってきた酒の肴を日本で買ったビールに合わせると「あれ?」って思うのはコメを中心に形成されている日本の食文化の一つである日本のビールとその他の国が中心に据えている食文化が違うからなんだと思うんだよね。

終わり