ちょっと、俺

読者は主に自分のブログ

2025年11月

北海道編が始まったものの、全然北海道へ行っていない・・・

日付

曜日

行き先

宿泊地

 

 

11/1

休み

札幌

 

 

11/2

休み

札幌

 

 

11/3

休み(文化の日)

札幌

 

 

11/4

北海道札幌市→(飛行機)

北海道釧路市

釧路

 

 

11/5

釧路→北海道中標津町

中標津

 

 

11/6

中標津→(飛行機)東京

東京

 

 

11/7

東京→(飛行機)大阪府貝塚市

貝塚

 

 

11/8

貝塚

貝塚

 

 

11/9

貝塚→(飛行機)東京

東京

 

 

11/10

在宅勤務

東京

 

 

11/11

出社

東京

 

 

11/12

出社

東京

 

 

11/13

自宅→(新幹線)静岡県御殿場市→

(新幹線)滋賀県米原市

米原

 

 

11/14

米原→(新幹線)東京

東京

 

 

11/15

休み

東京

 

 

11/16

休み

東京

 

 

11/17

出社

東京

 

 

11/18

自宅→(新幹線)兵庫県神戸市→

(新幹線)自宅

東京

 

 

11/19

出社

東京

 

 

11/20

自宅→(飛行機)大阪府貝塚市

貝塚

 

 

11/21

貝塚→(新幹線)岐阜県大垣市→

(新幹線)自宅

東京

 

 

11/22

休み

東京

 

 

11/23

休み

東京

 

 

11/24

休み

東京

 

 

11/25

出社

東京

 

 

11/26

自宅→(新幹線)静岡県沼津市→

(新幹線)自宅

東京

 

 

11/27

自宅→(飛行機)北海道札幌市

札幌

 

 

11/28

札幌

札幌

 

 

11/29

札幌

札幌

 

 

11/30

札幌→(飛行機)東京

東京

 

 

食ったもの

ダイイチの焼きそば

札幌のマーズカフェのヒレカツプレート

シウマイ弁当

来来亭のラーメンとチャーハン

パスタDEココのカルボナーラ

コメダ珈琲のクリームソーダ

羽田→新千歳便のANAの機内食

やくみやのワンタンメン(沼津)

11月のハイライト

新人が入ってきた

俺の仕事を引き継ぐというので、新人(28)が入ってきた。すぐ辞めるか、居座ってモンスター社員になるかのどっちかと思っている。俺は粛々と自分の仕事を渡すことに徹しようと思っている。備忘録的に現段階の問題点。

  • 泊まりの出張は不可
  • 休日出勤は不可
  • 「人としてどうよ?」みたいなことが何点かある

東京在住で関西担当なので、泊まりの出張ができないのはかなり厳しい。日程や時程の組み方にどうしても無駄が多くなるし、効率も悪くなる。

整備の仕事などは土日にあることが多いので、土日でも時々電話かかってきたり、大型の整備だと土日に出て見に行ったりする。そういうのはできないと言われている。

財布忘れたというので金を貸したんだが、何も言わずに無言で返してきたので「あれ、なんか違くね?」と思っている。

他にも言いたいことはたくさんあるんだけれど、この辺は特にひどいかなと思っている。俺は心臓が悪く、早起きや深夜帰宅を連発すると目に見えて不整脈が増えるので、若者の日帰りに付き合ってるうちにどんどん体調が悪くなっていっている。神戸日帰りは辛いってよ・・・。

仕事を引き継ぐ

北海道の仕事→引き継ぐのに三ヶ月見ている(ベテラン社員→中堅社員こと俺)

俺の仕事→引き継ぐのに二ヶ月見ている(中堅社員こと俺→新入社員)

「なめてるよなぁ〜」って、ずーっと思っている。

最近後任を連れて挨拶に回っているのだけれど「変わらないでください」とか「覆せないんですか?」とかよく言われる。上司はついてこないからそういう取引先の声は聞いていなくて遠くから「早く引き継げ!」って怒鳴ってるだけだ。

俺がいつも行く大阪の取引先がある(一部上場の超大手)。そこの会社の別部門を担当している先輩はいつも一緒に来てくれる。先輩からは「しばらくは新人と一緒にやってほしい」と言われているが、上司がそういう方針ではないので、一緒に行くことはもうできないと伝えている。

役員含めて付き合いの深い会社なのでなんかミスった時に一足飛びに役員や副社長に連絡行く可能性がどうしても排除できない。「しばらく続けてもいいですよ」って何度も提案したが、ことごとく却下されたので、俺から言えることはもうない。

12月いっぱいで東京・関西編が終わり、本格的に北海道編が始まる。

辛いこともたくさんあったが、思い出せば本当に楽しい六年間だった。

終わり