宮城県民栄誉賞について調べてみました。
必要なことは全て宮城県のページに書いてあります。
これまでの受賞者
- 佐々木主浩氏 (H10年 / 1998年受賞)
職業:プロ野球選手
1968年宮城県生まれ
NPB及びMLBで目覚ましい活躍をし2005年現役引退 - 田中耕一氏 (H14年 / 2002年受賞)
職業:会社員
1959年富山県生まれ
1983年東北大学工学部卒業
2002年12月ノーベル化学賞受賞 - 荒川静香氏 (H18年 / 2006年受賞)
職業:フィギュアスケート選手
1981年神奈川県鎌倉市生まれ
小学校~高校まで宮城県で過ごす
2006年トリノオリンピックフィギュアスケートで金メダルを獲得 - 岩隈久志氏 (H21年 / 2009年受賞)
職業:プロ野球選手
1981年東京都生まれ
2005年楽天野球団入団
現在はMLBでプレー - 株式会社 楽天野球団 (H25年 / 2013年受賞)
2004年 創立 - 田中将大氏 (H25年 / 2013年受賞)
職業:プロ野球選手
1988年兵庫県伊丹市生まれ
2007年楽天野球団入団
2013年シーズン24連勝無敗で球団を優勝に導く
現在はMLBでプレー - 羽生弦氏 (H26年 / 2014年)
職業:フィギュアスケート選手
1994年宮城県生まれ
2013年東北高校卒業
2014年ソチオリンピック男子フィギュアスケート競技金メダル - 高橋礼華氏/松友美佐紀氏 (H28年 / 2016年)
職業:バドミントン選手
【高橋礼華氏】
1990年奈良県生まれ
2003年聖ウルスラ学院英智中学校入学
2009年製ウルスラ学院英智高校卒業
2016年リオオリンピックバドミントン女子ダブルス金メダル
【松友美佐紀氏】
1992年徳島県生まれ
2006年製ウルスラ学院英智高校入学
2009年聖ウルスラ学院英智高校卒業
2016年リオオリンピックバドミントン女子ダブルス金メダル
宮城県のページが見にくすぎる!
宮城県のページだと、和暦と西暦がグチャグチャに並んでいるので、最高に見にくいですね。受賞年は和暦で書かれているのですが、生年月日や経歴は西暦で書かれています。全く見る人のことを考えていないページです、ページ作った人と承認した人はいったい何を考えているのでしょうか?
県民栄誉賞について
宮城県出身もしくは幼少期から宮城県で過ごしている人は、佐々木主浩氏、荒川静香氏、羽生弦氏の3名です。そのほかの人は学生時代やプロとしてのキャリアを宮城県で過ごした人たちです。宮城県に縁のある人とでもいうのでしょうか。
宮城県出身じゃない人は受賞を控えるべきだとか、賞を与えるべきではないとか、そういうローカル右翼みたいなことをいうつもりは一切ありません。国民栄誉賞も第一号はプロ野球選手の王貞治氏(台湾籍)です。けれど、もう少し取り上げてもいい宮城県民もいるので郷土史でもう少し取り上げたり、遅ればせながら県民栄誉賞の授賞を検討したりしてもいいのではないかという人も何人かいるので紹介。
個人的な受賞希望者
菊田昇氏 (1926~1991)
職業:医師 (産婦人科医)
1926年 宮城県生まれ
1949年 東北大学医学部卒業
1991年 第2回国連世界生命賞受賞
1991年 逝去
功績:人工妊娠中絶の規定の変更及び特別養子縁組制度制定への尽力。
人工妊娠中絶を希望する人々の中絶を思いとどまらせ、その間に子供が欲しくてもできない人たちとの仲介を行い、出生届を偽造し、養子の痕跡が一切残らないように養子縁組を行った。現在は特別養子縁組と呼ばれる制度になっているが、当時は違法行為であり、新聞にスクープされた。その後国会や法務省で審議され、1987年特別養子縁組が制定された。
1976年の堕胎可能週数は28週未満で、ギリギリで堕胎させた子供が生きていたことに大変なショックを受けたため、特別養子縁組を斡旋するようになった。現在の堕胎可能週数が22週未満となったのも、菊田医師の尽力による。
菊田氏の尽力によって幸せな養子縁組を行った家族がたくさんいて、亡くならないでよかった子供たちが生命を全うできるようになった。当時県民栄誉賞という制度が宮城県になかったためなのか知らないのだけれど、受賞していないのが不思議だし、今はどうか知らないけれど85年生まれの私は宮城県の郷土史などでも一切習わなかった。
世界に誇れるこんなにも偉大な医師が宮城県にいたんだぜ?それを郷土史でも教えないし、県民栄誉賞もないなんて、宮城県何考えてるの?
神永昭夫氏 (1996~1993)
職業:柔道家 (九段)
1936年 宮城県生まれ
1964年 東京オリンピック無差別級銀メダル
1993年 逝去
「銀メダルなのになんで?」って思う人結構いっぱいいると思う。
神永昭夫が育成した柔道家
上村春樹 (明治大学監督時代の教え子) モントリオールオリンピック金メダリスト
吉田秀彦 (全日本監督時代の教え子) バルセロナオリンピック金メダリスト
古賀稔彦 (全日本監督時代の教え子) バルセロナオリンピック金メダリスト
結構辛辣な記事が多いWikipedia先生でも、神永の人格は一つも悪く言われていないどころか、神永がどれだけ教え子思いで、日本柔道に貢献したかしか書かれていない。試しに引っ張ってみよう。
神永は常々、柔道だけではなく社会人としても全うに生きたい、という考えを有していた。
明治大学が学生大会で優勝した時、吉田が「選手だけでなく、部員全員で旅行を!」と神永に頼んだとき、神永は「よし!」と一言だけ応えてスポンサーを集めて本当に実現してしまった。
神永が明治大学の柔道部を辞めるとき、居酒屋で飲み、教え子一人一人に就職先を見つけて告げた。その際、教え子がトイレのスリッパをちらかすのを神永は一つ一つ綺麗に並べていた。教え子のうちの何人かは神永の行動に気がつく。神永の人となりが知られるエピソードである。神永は柔道が強ければそれが全てだ、とは考えていなかった。
功績:東京オリンピック柔道無差別級銀メダル及び柔道を通した人格形成、優秀な後進の形成、心技体を自ら表した素晴らしい柔道家であることに間違いがなく、全ての宮城県民が間違いなく誇れる人物。
東京オリンピックの決勝で神永を破ったのはオランダのアントン・ヘーシンク。ヘーシンクは外国人として初めて柔道10段を取得しています。
県民栄誉賞とか国民栄誉賞に思うこと
この二人は宮城県の県民栄誉賞に相当すると思うのですが、私の思い過ごしでしょうか?結局個人の思いなのでその時の宮城県の政権浮揚とか世相とか色々あるんでしょうね。どんな目的があっても、浅野史郎と岡崎トミ子には何の賞も与えてはいけません。
国民栄誉賞で個人的に未だに受賞していない意味が分からないのは、鳥山明(漫画家)、野村忠弘(柔道家)、谷亮子(柔道家)、中田英寿(サッカー選手)、野茂英雄(野球選手)とか?ほかにもいるんだけれど、この5人は個人的に受賞していない意味が分かりません。
5人についてはまた今度。
長くなったのでこの辺で。