ちょっと、俺

日常のちょっとしたこと

「他人の良かったところを褒める」という表彰制度

先日会社に行ったら10時過ぎくらいに社長が登場して「今日は表彰があります」と言って、何やら表彰が始まった。入社したばかりでよくわからないのでぼけっと見ていたのだけれど、どうやら「頑張って目的を達成した人」や「大きな受注に向けてチーム一丸で頑張った人たち」や「働きやすい環境を作った人」や「いいコミュニケーションを作り上げた人」を他薦により表彰する制度が会社にあるということを後で知った。全員の前で表彰され、拍手に包まれていた。

「へ、なんだよそんなことか?」と思う人も結構いると思うのだけれど、会社の公的な制度で「いいことをした」というだけで表彰されるという制度はかなり珍しいと思う、もちろんいいことだけではなく会社の業績が大きく伸びるのに貢献した人も表彰されるんだけれども。

業績を伸ばしたことが給料やボースナスに反映されることはあるかもしれないけれど、表彰という制度はわりと珍しいと思う。

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「悪いことをした人に罰を与える」とか「不平や不満をみんなで言い合う」というのは、非常に簡単なことで、こんなのは意識しないでも誰でもできる。けれど、マイナスの評価ばかり受けているとモチベーションは下がっていくし、萎縮してコミュニケーションは悪くなるし、いつの間にか一人の人だけが標的になっていくとか、減点法の不利益は結構大きい。間違えて組織がマイナスのスパイラルに陥ると、抜け出すのは結構むずかしいし。

私は前の会社で大きな受注やトラブルに対してチーム一丸になって頑張ったし、日本1号機の機械を決め、不可能と言われる納期を可能にしたり、一発でパスしにくい安全検査を一発でパスするように工夫したり、誰も行かない客先に行き2億円くらいの大型案件を決めたり、10年後の未来の技術の試作案件を進めたり、結構頑張って働いた。自分で自分の功績を書いても、結構頑張ったと思う。

前の会社というくらいなのでもうやめているのだけれど、結構頑張った結末は先輩の思った動きと一ミリもずれることなく考えや行動をシンクロさせることができなくなり「こんなヤツ減給にしろ」とか「こんな役立たずはいらない」とかいうメールが毎日入ってくるようになり、メールが見れなくなり、会社に行けなくなってしまった。で、辞めた。

どこかできっちり評価される制度とか機会があれば、また違う結果になったのかもしれないのだけれど、もう辞めてしまった会社なので後の祭りだ。ちょっとした承認欲求を満たしてあげるという点で、ちょっとしたことでも表彰するというのは非常にいい制度だと、思うし必要な制度だとも思う。

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これも前の会社にいたときの話なのだけれど、月に一度アメリカ本国のCEOに向けて各拠点からセールスレポートを提出していた。問題や課題、取り組んでいることなどをレポートにまとめて、CEOへと提出する。多くの人は納期遅れや品質不良などに対する不平や不満を並べていたし、入社したばかりの私もそれがレポートの意義だと思っていたんだけれど、ある日悪口ばかり書くのが嫌になった私は方針を変えた。

納期を少し短縮してくれたこと、設備の完成立会いや試作をしっかり準備してくれて遅滞なく進めてくれたこと、設備の検収をあげるのに便宜を図ってくれたこと、仕事やプロジェクトを成功させるのに、私に関わる誰かが頑張ってくれた時に、レポートに名指したで書いた。

“Thanks to the short lead time realized by our German team, we got this trial order from the customer and open the path to get the more orders in the future. Specially thanks to Ms. Johnson, Jackson and Traynor” ←こんな感じ。

ある日、ドイツ工場の親分が日本に来た時、私の元へやってきて一言、「君がいつもレポートにいいことを書いてくれているだろ、俺はあれをいつもチームのみんなに展開しているんだ。悪口ばかりのレポートでみんなうんざりしているんだけれど、いいことを書いてもらうと嬉しいな」と、私の元に現れた時に手短に用件だけ伝え彼は帰国していったけれど「悪口を書くのを辞めてよかった」とそん時に思った。

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ちょっとしたことでも、人がいいことをしたら上へ報告するラインが用意されていて、公的に表彰されるというのはプラス方向に組織を運営していく上では大切なことだと、私は思います。

終わり

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