ちょっと、俺

ちょっと、俺

日常のちょっとしたこと

代わりなんていくらでもいるという話

【広告】

先日ラジオを聴いていたら、「私の代わりがいなくて仕事を休めません」という投稿が紹介されていた。

 

違うと思う。

 

良い意味でも悪い意味でも、代わりなんていくらでもいる。

 

まったく同じパーソナリティを持った別の個人という意味での自分の代わりはいないけれど、自分の代わりに何人の人間が必要かどうかという問題はあっても、人数ややり方に制限を設けないのであれば、代わりなんていくらだっている。

 

代わりがいなくて仕事を休めないと言われたって、病気やケガ、事故などの予測不能な何かが起きて急に戦線離脱しないといけない日だって来るかもしれない。そういう時でも自分の代わりになる人が何人か現れて、仕事はいつの間にか回っていくようになる。

 

私の勤めている会社でも急に社長が亡くなったが、その後の混乱を乗り越え、会社は再び安定飛行に戻っている。

 

過渡期にはごたごたを経験するかもしれないけれど、代わりなんていくらでもいるのである。

 

良い意味でも悪い意味でも代わりなんていくらでもいるというのは、ある人が戦線離脱したときにいつの間にか誰かが代わってくれたり、その逆に自分が代わってあげたり、後継者として仕事を引き継いだり、同僚や競合を出し抜いて仕事を横取りしたり、逆に仕事をとられたり、代わりなんてどんな形でもいくらでもいる。

 

「代わりがいなくて休めません」というのは、おごりなのか危機感なのか分からないけれど、代わりなんていくらでもいるし、何とかなるんだから、休んだ方がいいよ。

 

おしまい

【広告】