ちょっと、俺

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ちょっと、俺

日常のちょっとしたこと

厳しくするための厳しさ

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転職活動をしているとき、面接で聞くことはいつも同じでした。

 

・仕事厳しいですか?

・会社とか仕事は好きですか?

 

この二つのどちらかを聞いていました。今回は厳しい仕事の話。

 

 

僕は別に仕事は厳しくてもいいと思っています、正当な理由であるのなら。

 

例えば、夜勤があるとか、人の命を預かっているのでリスク管理が厳しいとか、食品を扱っているので衛生管理が厳しいとか、こういうのはありだと思います。理由が正当で、職務上必要になるのなら、僕はその厳しさは受け入れます。

 

質問の意図は、「厳しくするための厳しさ」が存在するかどうかです。

 

僕が大学生のころに勤めていたコンビニで、ちょうどいい高さなので近くにあった空き箱に座って作業をしていたことがあった。オーナーが来て一言、「何座ってんだ?仕事なんだから座るな!」と言われた。こういう厳しさは、いらない。

 

楽にできるところは楽にするべきだし、「仕事=厳しい」と決めつけて、わざわざ無理な体勢で作業したり、手間のかかる方法をとっていれば、いつまでも効率よく楽に仕事なんてできるようにならない。生産性なんて上がらない。

 

昔の方法を盲目的に踏襲している人だって、同じ。今は技術も進んで、昔よりもはるかに効率よく、楽にできる方法が確立されているのに、「伝統」とかいう一言で最新の技術を一蹴する人たち。

 

科学的な練習方法をいつまでも取り入れることができずに精神論だけで学生を伸ばそうとする学校の部活の顧問とか、仕事や社会は厳しいと思い込んで理不尽な厳しさを押し付ける上司や先生とか。そんな奴ら、どんな組織にもいる。そういうやつらが、組織をだめにするし、会社をブラック企業にするし、部活をブラック部活にする。

 

最初の僕が座って作業をしていた時に話を戻そう。僕は冷蔵庫の中で牛乳を並べていた。僕が座って作業しても立って作業しても、牛乳の品質も味も何も変わらない。大事なのは、「仕事だから座らない」というオーナーのルールに僕が従えるかどうかだ。

 

経営者はオーナーだから、従うべきだ。しかし厳しくしても何一つ、誰も、得なんてしないし、何も変わらない。そういう損得勘定や合理化の下手な人って、10年弱の社会人生活の中で何人も見ている。そういうやつらが組織を腐らせていくのも、何度も見ている。

 

「どうやったらみんなが楽に仕事ができて、最大限効率が上がる組織を作れるのか?」ということを考えている人は、あまり見たことがない。こういう考えを阻止していることの一つに、「厳しくするための厳しさ」「理不尽な厳しさ」が含まれていると、思っている。

 

転職活動中に僕が「仕事厳しいですか?」と聞いて「はい、厳しいです!」と自信満々に答えた採用担当者。「具体的には?」という僕の質問に、何も答えられませんでした。そういう厳しさは、求めていない。

 

おしまい

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